陪審員「厄介なこと」 1932年に参加 宮崎で体験記発見 2日間拘束、飲酒制限、接触も禁止
昭和初期から戦中にかけて日本で行われていた刑事の陪審裁判で陪審員を務めた男性の体験記が宮崎市内で発見された。「厄介なことを申しつかったが仕方がない」などと率直な気持ちがつづられている。宮崎産業経営大の江藤隆之講師(刑事法)は「現在の裁判員裁判と制度は違うが、国民が裁判に参加したときの心境が分かる貴重な資料だ」と話している。
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東京都で呉服商を営んでいた桑田真一さん=1966年に84歳で死去=は32年、東京地裁であった殺人事件の陪審裁判に参加。桑田さんが52年ごろに書いた回想記に陪審員の体験を記したくだりがあるのを孫の芳幸さん(61)が見つけた。
回想記によると、裁判は2日間にわたり、陪審員は用意された「温泉旅館の1等室くらい」の宿舎に泊まった。「料理は好み次第」だが、「酒は夕食時に1人2合と規定」され、外部との接触は禁じられていたという。
裁判長が「不審に思う点があれば遠慮せずに発言してもらいたい」と促す場面も書き残されており、桑田さんは「発言する者が1人もないので歯がゆいと思い、質問を試みたので注目を浴びた」と振り返っている。
=2009/06/25付 西日本新聞朝刊=