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裁判員制度開始で臆病な日本人がやっと変わる…と言われてしまい――JAPANなニュース

英語メディアが日本をどう伝えているかご紹介するこの水曜コラム、今週は裁判員制度の開始についてです。陪審制度を当然のものと思っている(だろう)英国人の記事からは、「これでやっとあるべき形になった」と納得している様子さえうかがえますし、中には「これでやっと、日本の臆病な市民たちが自分の意見をもつようになる」という耳の痛い論調も。(goo ニュース 加藤祐子)

http://news.goo.ne.jp/article/newsengw/life/newsengw-20090805-01.html

○12人の怒れる男ならぬ「6人+3人」の優しい日本人

陪審制度の教科書とも言える米映画「12人の怒れる男」があまりに大好きな三谷幸喜さんが書いた「12人の優しい日本人」を初めて観たとき、「本当にこんな時代が日本に来るのかな、来てほしいな」と強く思いました。「まっとうな市民社会、民主国家というのはこういうもの」という刷り込みを子どものころにされたからかもしれません。なので、12人ならぬ6人の裁判員と3人の補充裁判員に選ばれた方々には「がんばってください、よろしくお願いします」と頭を下げたい気持ちでいっぱいです。

その「裁判員」という新しい日本語を英語にする際、 「lay judge」という表現を英語メディアが使っていると以前ご紹介しました。「陪審員=jury」という英語圏には馴染み深い言葉がすでにあるけれども、裁判員と陪審員は裁判での人数も役割も違う(陪審員は基本12人で、有罪・無罪の評決を下すが量刑は決めない、法廷内で質問・発言はしないなど)ので、「陪審員=jury」という言葉は使わずに、あまりなじみのない「lay judge=一般人の裁判官」と。

けれども実際に裁判員制度が始まったよと伝えるにあたって、「lay judge」という表現を使っているメディアもありましたが、やっぱり「陪審員=jury」という馴染み深い単語を使った方が分かりやすいからでしょうか、ほとんどの記事が見出しや前文では「日本にjury system(陪審制)が復活」という表現をしていました。

英ガーディアン紙は「Trial by jury returns to Japan(陪審制の裁判、日本に戻る)」という見出しで、「陪審裁判導入という、第2次世界大戦以降もっとも大胆な刑事訴訟制度の変化を見届けるため、何千人もの日本人が今日、東京の裁判所前に行列した」と報道。 「この日まで、一定年齢以下の日本人が体験してきた、真の法廷ドラマといえば、教科書で習う過去の裁判のやりとりか、あるいはアメリカのテレビドラマくらいだった。対して現代日本の裁判というのは対照的に、ドラマチックになり得るはずの殺人裁判でさえ、膨大な法律文書の朗読会のようだった」とも。

○大事なのはドラマではなく市民の参加

裁判がドラマチックであるのが必ずしもいいことと私は思わないし、アメリカの裁判では、弁護士が場合によっては緻密な証拠提出よりも陪審員の泣き落としを優先したり、あるいは陪審員の差別意識を利用しようと弁護士が恣意的な人選をしたりと、色々な問題も絶え間なく指摘されています。それでも尚、上でも書いたように陪審員というか裁判員に(もし選ばれたら)積極的に参加したいとは思っています。

なぜなら人の生き死にを扱う裁判、下手をして何かがまかり間違えば自分も裁かれる立場になってもおかしくない裁判という場で、判断を下すのが「裁判官」という(ある意味でかなり特殊な)職業の人のみというのが、私はかなり怖いと思うので。裁判官という職業、裁判官という人生しか知らない人たちに、自分の命を託すのはむしろ怖いと思うので(それはたとえば、「学校」という社会空間しか知らずに教師になった人たちに、子供の価値観形成の全てを託すのは怖いという思いとも似ています)。

陪審制度の起源は古代ギリシャとか古代ゲルマン社会にたどれるようですが、現代につながる形では、市民の生命や財産についての判断をわがままな王様に任せておけない、海を隔てて現地事情を理解しない本国政府に任せてはおけないという当事者意識に深く関係しているものです(英国では17世紀に、貴族に対する裁判権を王が乱用したことが一因となって王が処刑されるイギリス革命が起きたし、米国では18世紀に、植民地に対する課税権を本国政府が乱用したことが一因となって、独立戦争が起きました)。「啓蒙された市民」(つまり自分自身とその同胞)への自信と信頼、そして「お上」の絶対支配を否定することで成り立っている近代以降の英米アングロサクソン社会の観点からしたら、生命や財産の保護を「お上」に任せておけばいいという発想はあり得ないものだと思います。

○「臆病な市民」と呼ばれて…

「だからこそ、こういうことを書くのかな」と思わせられる論評記事を、タイムズ紙のリオ・ルイス特派員が書いていました。冒頭で紹介したように「陪審裁判の復活で、日本の臆病な市民たちは否が応でも自分の意見をもつようになる」と。いやあ、耳が痛い。「Japan's timid citizenry」ですから、いきなり。「日本の臆病な市民たち」は、そもそも自分たちの市民生活のあり方について(裁判の判決という生死に関わることでさえ)個人個人が意見をきちんともつことに臆病で、「お上」任せが染み付いていて、今回のように「お上」に制度改革という形で強制されて初めて、意見をもつことになったのだという、そういうことを言われているわけですから。

「確かに、陪審制度が市民に求める負担には、怖いものがある。個人の責任というものを積極的に求めないどころか、むしろ往々にして積極的に責任を避けようとするこの国においては、特にそう」とか。だから色々と裁判員制度に反対意見が出るのも分かるが、何より「裁判員制度は違憲だと声高に叫ぶ反対派の存在は目をひいた。判断を義務として求められること(つまり何かの物事について自分なりの意見を決めて、自分なりの見解を表明するよう義務として求められること)が、憲法に保障される『思想・良心の自由』に反するというのだ」とか。

「それこそが日本最大の、そしていつまでも変わらない病の核心部分だ。間違ったことを言ってはならないと脅かされ続けてきた日本の市民は、基本的に臆病だ。そして臆病な市民たちは自ら憲法を振りかざして、自分たちの臆病さを守ろうとしている」とか。

上手に訳しきれていませんが、この文章の行間には深い当惑と呆れと憤りさえ感じます。日本が好きで日本にとても詳しい英国人としての、素直な思いだと思います。

○意見を持たないことが憲法上の権利か?

そして日本が好きな日本人の私も確かに「判断を義務的に求められることが『思想・良心の自由』に触れる」という理屈に、驚きました。なぜなら「自分で判断して自分の意見をもち自分でそれを表明する自由」こそが、「表現の自由」「思想・良心の自由」だと教わってきたからです。

確かに「内心の思想・良心をあえて表明しない自由」というのは迫害を避けるためなどにあり得ますし、「内心で何を信じていようと罰せられない」というのも「思想・良心の自由」の大事な要素です。けれどもそれは「判断しない、思想をもたない、意見をもたない」自由とは違います。そして「思想・良心の自由」でまず一義的に先にあるのは「己の信じるところを、自由に表現できる自由」であって、西洋市民社会の歴史というのはまさにその「表現する自由」をいかに獲得・拡大するかの戦いだったとさえ言えるほど。だから「内心で何を思っていても罰せられない自由、あえて表現しない自由」は「表現する自由」の消極的な裏返しに過ぎないと思うのです。

「判断を強いられる」=「踏み絵のようなもの」という捉え方もあるかもしれませんが、「踏み絵」が侵害しているのは英米的感覚で言うと「踏みたくないという思いや踏まないという判断の表現」であって、決して「踏むか踏まないか判断さえしない」ことが侵害されたとは見なされない。「判断さえしない」という無為が、基本的人権として積極的に保障されているという感覚は、欧米にはあまりないと思うのです。人権思想の成立過程からいっても(欧米人との会話で何も言わず黙っていると、「あいつは意見がない、何も考えていない」と見なされるという大ざっぱな一般論も、似たような話です)。

ここは欧米じゃなくて日本なのだから、日本は日本の権利意識でいきます——というのは、ひとつの在り方でしょうし、そうやって日本はずっとやってきたのかもしれませんが、その結果として今の日本にあるのは個人が自分で意見を持とうとしない、公の場で責任をもって意見を表明しようとしない「臆病な市民社会だ」と、英国人の目にはそう見えているというわけです。

西洋と違って日本には「秘すれば花」という素晴らしい美学があって、それは誇るべきものだとかねがね思っていますが、世阿弥が意図したのは「そもそも何も中身がないから表に出さない」ことではなく、「中身はほとばしるほど激しく豊かに充実しているのだが、あえてそれを表に出さず、出さないことでさらに濃密な内なる充実がおのずと外からでもうかがえる状態を作り出す」ゆえの美しさだと思います。つまりは、ただ面倒だから何もしないし考えないし関わらないことを積極的に肯定する価値観は、日本にだってないはずだと思いたい訳です。白紙投票と、投票所にそもそも行きもしないことは全く違うと、そういう違いです。

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