【8・3 裁判員裁判 直前直言】(中)弁護士 冤罪防止へ「常識」を疑う
「市民の健全な社会常識を反映させる、とばかり強調されてしまっている制度だが、その『常識』には、危ない側面もある」
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090730/trl0907301816007-n1.htm
東京地検特捜部副部長、横浜地検刑事部長を経て、東京地検公安部長を最後にこの春、弁護士に転身した。裁判員裁判の法廷に立ちたかったという。
「被告を起訴した検察官も常識で判断している。裁判員は、右目は常識で判断し、左目ではそれを疑ってほしい。そうしないとチェック機能は働かない」。常識は社会情勢や時代とともに変わると主張する。
「クールビズも今では常識になったが、以前、ノーネクタイは非常識だった。DNA鑑定も当時は間違いない、いわば常識とされてみんな飛び乗り、冤罪(えんざい)を生んだ」
無期懲役が確定していた足利事件で、裁判をやり直す再審の開始が決まるなど、このところ“冤罪”に焦点が当たっている。
司法修習生のとき、強制わいせつ事件で検察官が論告求刑する場に立ち会ったことがある。無罪主張だった被告は後に有罪が確定したが、冤罪の可能性があったのではないかとの思いは今も残る。冤罪を根絶したい-。検察官から弁護士へと転身した経歴は、“冤罪”というキーワードでつながってきているという。
それを防ぐため、法廷で常識に疑いの光をあてられるのは弁護士だけ。その役割は制度のもとで大きくなると、転身を決めた。
「これまでは冤罪で警察や検察官を批判できたが、裁判員裁判では、そうはいかない。市民を巻き込んで冤罪を生んだら、制度の致命傷になりかねない」
起訴、不起訴などを決める決裁官として、犯人性の判断には厳しい要求を突きつけてきたという。
立場を変えてかかわる裁判員制度。「市民が参加するため、1審が重視されるようになることは間違いない。分かりやすい主張で、裁判員の心に訴えていきたい」と意気込む。
その上で、「行きすぎた個人主義や事なかれ主義がはびこるなか、裁判員制度は社会を支えることを実感できる制度。選挙の1票には無力を感じても、裁判員制度は意見が直に反映される。社会の在り方を変える試金石だ」と語った。(酒井潤)
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