【from Editor】裁判員制度の幸福度
フジテレビに派遣されていたころ、ハイビジョン放送について少々研究した。画面に質感が出るから作りものは難しくなる、ドラマは制作費が膨らむ、ワイド画面で臨場感が増すからスポーツ中継が生きる等々。特に危惧(きぐ)したのが時代劇の将来だ。カツラや衣装を格段に上質にしなければ鑑賞に堪えられず、増大するコストを敬遠して制作本数が激減するのではないかと。高画質のデジタル放送が主流の今、時代劇は、コストにおおらかなNHKの独壇場である。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090709/trl0907090739001-n1.htm
予測通りの現象とはいえ、時代劇ファンとしては残念だ。民放の時代劇は単純明快に勧善懲悪を描いた「おとなの漫画」であると同時に、昔に比べれば…という現代の幸福度を実感する機会にもなるからだ。
たとえば「遠山の金さん」である。シラを切る悪人に桜吹雪の刺青(いれずみ)を見せ、見事な啖呵(たんか)で観念させる。「これにて一件落着」。遠山左衛門尉(さえもんのじょう)景元の裁きは水際立って、見ていて実に気持ちがいい。が、やぼを承知で言えば、江戸時代の法廷(白州(しらす))では冤罪(えんざい)もさぞ多かったことだろう。なにしろ町奉行は裁判官と検察官を兼ねているのである。自分や部下が調べた容疑を自ら裁くのだから、ほぼ百パーセント有罪だったに違いない。それで冤罪を出さないのは、犯行現場に踏み込んで自ら生き証人になる金さんぐらいのものだろう。
歴史をひもとくと、この裁判官兼検察官は形の上では、明治維新後もそんなに変わっていない。検事という職ができるのは明治5年だが、刑事弁護人が生まれた同13年以降もずっと、検事は判事と並んで法壇(ほうだん)に座っていた。奉行職の名残とも言うべき席である。面白いのは陪審員制度が実施された昭和3~18年。この時も検事は法壇に座り、見下ろされる法廷の、弁護人と向き合う席に、12人の陪審員は座っていたのだ。
訴追や判決はあくまでもお上(かみ)が行うもの。裁判の民主化のために導入された陪審員さえ一段下に見られていた、と感じるのは私だけだろうか。ようやく検事が法壇を降り、弁護人と同じ立場で裁判官の判断を仰ぐ形になるのは戦後である。
来月にも審理が始まる裁判員制度では、6人の裁判員は法壇に座る。この場所に庶民(市民)が座るまでに400年以上かかっているのである。負担が大きい、荷が重いと、マイナス面ばかりが報道されがちな裁判員制度だが、その歴史的な重みを忘れずにいたい。(大阪編集長 安本寿久)