【裁判員裁判】開始半年 演出過剰…立証手法に注文も “劇場型”懸念
裁判員制度が5月21日にスタートしてから半年が経過した。法律の素人である裁判員に自分たちの主張をどう伝えていくのか、検察・弁護側の試行錯誤が続いている。だが時として法廷での演出が過剰になり、空回りする場面もあり、法曹関係者からは「裁判員へのアピールに気を取られすぎている」と懸念の声も上がる。ともすれば“劇場型裁判”と揶揄(やゆ)される裁判員裁判での立証手法に、関係者からは注文が付いている。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/091124/trl0911242135014-n1.htm
■弁論に“蛇足”
11月中旬に東京地裁で公判が開かれた東京メトロ千代田線西日暮里駅の強盗致傷事件。弁護側は「刑務所からの出所後に行くところもなくホームレスになった被告が、持ち金もなく困窮の末に起こした犯行」と裁判員に訴えた。その上で、懲役9年を求めた検察側に対し、「懲役4年6月程度が相当」と述べて最終弁論は終了したかにみえた。
だが、弁護人は続けて「もう少しお聞きいただきたい」と裁判員に歩み寄った。「戦中戦後の日本で育った私は」などと食糧難の中で育った弁護人の境遇を被告の犯行時の状況に重ね合わせて語り始めたのだ。
弁護人の姿に、裁判長は「事件とは関係ない」と一喝、発言を終了させた。この裁判に参加した女性裁判員の一人は判決後の会見で「それ(弁護人の境遇)を例に、被告の減刑を求めることは聞きたくない」と、弁護人のパフォーマンスを冷たくあしらった。
■工夫は空回り?
制度のスタート以降、簡単な言葉への言い換えや、モニターを使った視覚的な表現を使うなど、従来の刑事裁判ではあまり使われなかった手法を取り入れ、検察・弁護側はともに分かりやすい立証に腐心する。また、あるフレーズを繰り返したり、大きな身ぶり手ぶりを使ったりするなど、裁判員の琴線に触れるような努力を行ってきた。
ただ、先の例以外にも、検察・弁護側の取り組みは時に空回りしている。
青森地裁で行われた強姦(ごうかん)致傷事件の裁判では、犯行の悪質さを強調するため、検察側が法廷で犯行状況を繰り返し詳述した。しかし、裁判員からは「負担に感じた」との意見も出た。また、福島地裁で行われた殺人事件の裁判では、血液が付着した凶器の包丁が透明のケースに入れられて裁判員に手渡されたが、女性裁判員の一人が目を背けた。見せ方が過剰とも思える場面だった。
秋田地裁での放火未遂事件では、大きなジェスチャーを交えて持論を展開した弁護人に対し、ある裁判員は判決後の会見で「オーバーだった」と一刀両断。最高裁が全国の裁判員経験者に行ったアンケートでは双方の手法に対し「繰り返しが多い」「まわりくどい」などの意見が寄せられた。
■基本忘れずに
関係者からも注文が出ている。最高検は、スタートから11例目までの裁判員裁判の検証結果を取りまとめた。その中では立証手法について「分かりやすさにこだわりすぎて、内容がおおざっぱになるのでは本末転倒」と指摘している。
慶応大教授(刑事訴訟法)の安冨潔弁護士は「裁判員を意識するあまり、検察側も弁護側も情緒的になっている。主張の中で、視点や論点があまりに絞り込まれすぎているケースが目につく」と指摘。その上で「裁判員にとって分かりやすい立証は必要だが、事件の核心を目指してきちんとした立証を行うという基本をおろそかにすれば、刑事裁判の根本が揺らぎかねない」と“劇場型裁判”にくぎを刺している。(大泉晋之助)